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*きままなひとりごと*

ゆるりとすきなことを呟いています。

『行けません』という言葉

TLでまた少しざわりとしていたのでふと自分を振り返って考えてみた。

好きなアーティストや芸能人の方の出演されるイベントやコンサートや舞台に行きたくても行けないことはたくさんある。
それは時間の問題だったり、仕事だったり、金銭面だったり、距離だったり……いろいろな事情はある。
でもそれはあくまでも『こちら側』の都合であり、『行かない』という選択をした自分に責がある。
だからそれを相手に告げるのは勝手な押し付けでしかない。

と、今は思っている。


昔は『その日はいけないのですが頑張ってください』と手紙に書いたり本人にもいってしまったことがある。
その裏には、“本当はとっても行きたいんですがどうしても行けないので、でも行った人と同じくらい貴方のこと応援してます”という気持ちがこもっていた。
正直、舞台やイベント、コンサートが決まる度に、全ステしたり、休みの融通の利く仕事をしてその期間は休みを取る人たちが羨ましかったのもある。
わたしだって行けるものなら行きたいけどどうしようもない、それでも自分だって同じくらい貴方のこと好きなのはわかってほしい、というとてもとても我儘で醜いエゴみたいなものを押し付けていたのだ。
本当今思うととてもとても恥ずかしい。

別にその人たちだって何かを犠牲にしていないわけではなくて。
何かと引き換えに『行くこと』を選んだのだから、疎まれる理由は何もないのだけれど、そういう選択を出来ることが羨ましかったのかもしれない。
それに多ステしようが毎日会いに来ようが、別に特別扱いされることはないのも分かってはいたのに、何となく張り合いたくなってしまったのだと思う。
(まあそりゃあ贔屓筋や顔見知りが出来たら特別扱いする人は、中にはいるかもしれないけれど)

まあ若かった。
(っていうほど若くない時の出来事ですけど)
相手、というかその好きなアーティストや芸能人の立場になって考えてなかった。
その人やその人に関わる人たちすべてがどれだけの労力を使って、良いものにしよう、素敵なものにしよう、楽しんで貰おう、って考えたものに対して、どんな理由があるにしろ『行けません』って言うのは『お前の作ったものよりも大事なもんがあるから行かんわ!』って言ってるようなものなわけで。
そう考えるととてもとても失礼だし、そんなん言わないでしまっておけよ!って向こうは思うよなあと、ふと我に返った時に思ったわけです。

だからそれからは『次の舞台も頑張ってください』とか『楽しみにしてます!』と、『行けません』という言葉は飲み込んできた。
……んだけど、まあ行きたくないわけじゃないからそりゃあ色々思うことはあって。
本人には言わないけどその日程じゃいけないんだよボケ!とか何でそこでやんの!とか、色々愚痴は言いたい(笑)
でもそれを本人に言うのは違うよね、っというのが今回の諸々だと思うんだけど。

皆が何かを我慢したり無理をしたりして劇場やコンサート会場に足を運んでいるのを、彼ら・彼女らは気づいていないわけではないと思うのですよね。
だから準備をしっかりして楽しませたいと思ってくれるわけで。
なので皆その彼らの思いを大事にしましょうねってことかなと思います。



基本的に行きたくても行けない事案はたくさん起きているので、今更後悔はしていないけど。
最近後悔というか、気落ちしたのは、滝沢歌舞伎のシンガポール公演かな…。
今は距離的な問題と仕事である程度の役割を与えられている以上、自分の趣味ごとと今の生活とを天秤にかけて決断を下さなくてはいけなくて。
自分のこれからの人生にどう影響するか、を考えて今年の滝沢歌舞伎のシンガポール公演は行かなかったんですが。
まさかそれが自担の最後の仕事になるとは思ってなかった……ので。
物凄く後悔したけれど、でも元々行かない選択をしたのは自分自身で。
わたしにとってはその時は、池田くんより仕事の重要性(責任)を考えた選択だったのだから間違ってはいないんだけど、やっぱり行きたかったよ――――!
と、いまだに思います。
最後の池田くんの演技・ダンス・笑顔をこの目に焼き付けておきたかった…とは思っています。
……いつかDVDで出してくれるかなあ。